自己紹介文

「新・警部の東京日記」

「警部の東京日記」は、もともと日常の出来事や、読んだ本について考えたことを書き記しておくために、ネット上のある場所に書き付け始めたのが、その始まりであった。

そのうち、楽しみにしてくださる人が増えてきたとの、元の場所では受け入れられにくくなってきたため、「まぐまぐ」のシステムを利用するメールマガジンとした。最初は、知人に向けた内容だったものが、徐々に見知らぬ人に向けて書かれたものとなってきていることが、「警部の東京日記」バックナンバーを読んでいただければ、わかるかと思う。

その後、プライベートで大変な時期に、「警部の東京日記」は「The Way to the Death」と名前を変え、内容もクラシック音楽に関する特殊な批評とした。

しかし、それを乗り切ったように感じた2001年3月、内容を元に戻し、名称も「新・警部の東京日記」と再改称して、配信を再開した。

内容を簡単に説明しておくと、ネット上にあふれている日記の類とはまったく異なるものを目指している。まず、その目的が、自分の気晴らしのためではない。そして、読む人に意志を伝達するために、文章をかなり練り込んである。その点では、日記と言うよりは、むしろエッセイと言った方がいいだろう。さらに、題材は哲学・思想・心理学などを中心にしており、気楽に読めるものばかりでもない。

ただ、無理にでも、何か1つの筋を通して書き進めるというわけではなく、読んだ本や経験した出来事に触発されて編み出されるという点で、日記の側面も持っていると言えるかもしれない。

「The Way to the Death」

クラシック音楽に対する、特殊な批評である。実は、それ以外のものも、この時期に配信したものの中に含まれていたのだが、このページに収録する際には採らなかった。特に、今読んでも、面白いとも役に立つとも言えないものだからだ。

取り上げた曲には、かなり偏りがある。MahlerとShostakovichを何度も取り上げたり、交響曲と弦楽四重奏曲がほとんどだったりで、音楽を知るためのお勉強にはまったく適していない。

何に適しているかと言えば、やや特異であるらしい、私のイメージを理解するのには非常に適している。好きこのんで、私が心の奥底に抱いているイメージを理解しようとする人など、そうそういないだろうが。

ここのジャンルには、実は、すでに文章は発表済みだが、ページに未収録のものがいくつかある。そのうち、収録しておきたい。

「銭が足らん警部」という名前

ふざけて考えたハンドルネームだったが、この「警部の東京日記」に冠したため、捨てられなくなってしまった。もちろん警察官ではない(笑)。また、このハンドルネームを考えたときは貧乏だったが、最近はそうでもない(笑)。

思索する言葉 - Katalog」に戻る